しかも脳波コントロールできる!!
登場作品:機動戦士ガンダムF91
分類:強化人間、婿養子型
職業:クロスボーン・バンガード軍事部門指導者
立ち位置:ラスボス
悪人度:A
カッコよさ:B
強敵度:A
存在感:B
作品貢献度:A
演:前田昌明
☆鉄仮面をかぶった変なおじさん?
正直言うと私は彼が登場するガンダムF91という作品は色々と惜しい作品だと思っている。そもそも後にテレビシリーズに繋げるつもりでの劇場版アニメだったわけなので仕方ないのだが、富野由悠季監督贔屓の私でも作品全体に半端なイメージがあるのだ(ちなみに富野由悠季監督が手がけた『ガーゼィの翼』なんかはさすがに私でも擁護できない…)。
これに関しては小説版等で補完する事で納得出来る部分も多いが、やはり公開されたアニメだけでは浮かび上がる疑問や理解しきれない部分に対してすんなり納得する事は難しい。
これが、言い方は悪いが「細かい事を気にせず観ればいいタイプ」の作品ならともかく、富野由悠季作品というのは頭を空にして観るというのがしづらい造りになっている(比較的明るいとされる『無敵鋼人ダイターン3』『戦闘メカザブングル』辺りでも細かい事を考えてしまう。前者はメガノイドについてと万丈の家族についてなど。後者は種族間の諍いや扱いについてなど)のでいわゆる消化不良というのが一度F91を視聴しただけだと確実に出るだろう事は自信をもって言える。
そして個人的には映画を観るだけでは理解しきれない部分の代表としてこのカロッゾ・ロナ…通称『鉄仮面』(以後この表記でいきます)が君臨していると思うのである。
ぶっちゃけ、映画版を1回観ただけで感じる鉄仮面のイメージは「頭がおかしいサイボーグおじさん」みたいなイメージだろう。おそらく彼が終盤に見せる『生身での宇宙遊泳』『素手でMSのコックピットハッチをこじ開ける』『撃たれても平気』という明らかに人間離れした描写が印象に残りやすいと思われる。
それというのもガンダムシリーズにしては珍しく、主人公とラスボスの会話が皆無というところが要因のひとつとしてある。主人公シーブックにとって鉄仮面はヒロインの父親という立場なわけだが、戦闘中の会話すらないのである。映画の流れ自体も鉄仮面に主導権があるとは言い難く、後半いよいよ動き出しました!と言えるタイミングが出てくるものの、「とりあえずコイツは悪い奴なんだ」と認識できる程度の演出が挟まれるくらいだ。
この鉄仮面はその俗称通り鉄仮面を被った目立つデザインをしており、劇中の活躍も(後半に偏るとはいえ)充分目立つと言ってもいい。ただこの映画自体色々と掘り下げ切れていない部分が多く、特に鉄仮面に関しては何がどうなってこんな姿になったのかとか何がしたいのかとかなぜロナ家に居て妻を寝とられる(しかも寝とった男であるシオがロクデナシに描かれてるため、より一層なんでこんなヤツに寝盗られたん?ってなる)事になったのかとかほぼ語られる事はない。
そして最終戦では主人公が一番置いてけぼりにもかかわらず、フォローがないというか結局何の会話もないままやられてしまった。シチュエーションとしては娘と仲良しな男が娘の父親である自分の前に現れたというのに無関心というか。
究極、映画自体があまり目立たない位置にいる為かあまり語られないというか。あえて酷い言い方をするなら『存在感も内容も中途半端』なのだ。
富野由悠季監督自体、F91をどうにかしてTVシリーズで!という気もなく、燃え尽きてしまった感があるのでその後を描いた「機動戦士クロスボーンガンダム」でも鉄仮面について語られる事は全くなかった。これに関してはクロスボーン作者の長谷川氏が「ドレル・ロナ(鉄仮面の息子でヒロインのセシリーの義兄)についてはどうしますか?」と富野由悠季監督に聞いたところあっさりと「忘れていいよ」と返した事からも明白だろう。
なんか、スゴい能力持ちで外見や劇中での行動も明らかに目立つのに世間的にはあまり目立たないのである。この比例しない感じが個人的に鉄仮面を好きになりきれない要因だったのだ(どちらかというとあの外見で画面に出てくる事自体がもうネタ的というか、正直鉄仮面が画面に出ると笑いが込み上げてきていたくらいだ)。
☆最強のマスオさん!?報われない男・カロッゾ
だが、私はふとした事からF91のDVDを見返し、なんかやたらと鉄仮面ひとりが悪者感漂う展開に僅かばかりの疑問を感じ、興味が出たので彼について調べる事にしたのだ(マイッツァーなんかもうちょっと悪役に描かれてもいいのに、どうも鉄仮面が盾になってる感がある)。
すると、小説版においては彼について細かく描かれている事がわかった。しかもネット検索してみると「鉄仮面って実は可哀想じゃね?」とか「鉄仮面も鉄仮面だがナディア(セシリーの母で鉄仮面を捨てた奥さん)がクソ女すぎる」とか「大人になると鉄仮面の可哀想さが分かる」等の意見が意外にも数多く存在していたのだ。
実は富野由悠季監督自体、この映画をつくっていた時に娘に家出され傷ついていたらしく、その影響が作品に現れているらしい。形は違えどひとりの大人の男が何らかの重圧に耐えきれず、家族の絆にも寄りかかる事が出来ずに狂ってしまった様子は監督の心境をある程度鏡のように写しているのだろう。監督もこの企画に対してノリノリだったのかといえばそうとも言い切れず、断れずにやりたくもないのに作品を作り続ける辛さみたいなのも注入したのかもしれない。
で、鉄仮面についてだが、彼は一言で言えば「サザエさんに逃げられて磯野家に取り残されたマスオさん」である。これだけでもかなり居心地が悪い事を想像するのは難くないのではなかろうか。
クロスボーン・バンガードの軍事部門における指導者であり、当時は職業訓練校であったクロスボーン・バンガードを 地球連邦軍と同等どころかそれ以上、倍の力量を持つ“軍隊”へと鍛えあげた人物。それが鉄仮面だが、その偉業を成し遂げた背景としてロナ家での様々な苦労と苦悩があった事が分かる。彼は若い頃は大学院でバイオ・コンピュータを研究していた単なる科学者だった。しかし、ナディア・ロナとの交際を契機にロナ家の人間となったのだ。まぁ婿養子というわけである。
カロッゾは決して凡庸な科学者ではなく、人間として優秀だった。なまじ人間的に優秀な事もあって義兄ハウゼリー(コイツが相当な危険思想の持ち主らしく、かつてのギレン・ザビを彷彿とさせるような人物だったらしい。思想的にも彼を受け継いでいる)と仲良くなるにつれて政治的な物事や世間について学習していったのだ。だが、入り婿のカロッゾが義父であるマイッツァーの期待に応えようとする一方、貴族主義が大嫌いなナディアの心は離れていき家庭で不協和音が生じるという皮肉な結果を招いてしまった。
そして、ナディアは幼いベラを連れてシオ・フェアチャイルドと駆け落ち(まぁ後でパン屋として落ち着いたら「夢を追いかけるのをやめたつまらない男」みたいに思って娘を置いて出ていくんだけど)。さらに義兄のハウゼリー議員がテロによって討たれると、それを引き金に覚悟を決めたカロッゾはコスモ・バビロニア・計画を実現させようとクロスボーンの軍隊をフロンティア・サイドに侵攻させることをマイッツァーに上申する(時系列的には鉄仮面結婚→ナディア鉄仮面を捨ててシオと駆け落ち→鉄仮面意気消沈→義兄ハウゼリー死亡→もうおれがやるしかねぇ!NTRされた情けない男だと笑われてばかりじゃねぇんだ!という流れだ)。
そしてカロッゾは一年の休暇を頂いてラフレシア・プロジェクトの強化人間の手術を自身に施し鉄仮面となり、クロスボーン・バンガードの大計画を実行する為にマイッツァーからクロスボーン・バンガードの指揮権を移譲されたのである。
…と、映画では全く語られない背景があるうえ、映画だけだとその怪物っぷりから最大の悪人として見られがちな辺りが彼の不器用っぷりを体現しているというか、なんか同情してしまった。普通に考えてナディアも悪いのだが、娘のベラには鉄仮面の悪いとこばかり伝えてる節があるし、母娘揃って否定しかしてこない。なんかちょっと可哀想になってこない?この人…(;’∀’)
簡単に彼の人生を解説するなら姑の思想に賛同して技術者+軍人として頑張った→実家嫌いだった妻に逃げられ周りの目が痛い(マイッツァーはかなり同情してくれたようだがそれが却ってつらい)→強化まで受けて仕事に没頭し、再会してセコいパン屋親父との違いを見せようとしてもやっぱり妻と娘に拒絶される→ダメ押しにパワーと技術自慢してもやっぱりコキ下ろされる→さすがにキレて娘を放り投げたら娘の彼氏に殺されたといった感じだろう。うーん、ろくでもないというか…形は間違っていたが彼なりに努力はしていたんだがなぁ…
小説版がなかったら劇中人物達どころか視聴者からも決して同情されなかったであろう鉄仮面は、私としては結構好きな悪役である。彼を見直すという事はある意味自分が大人になったなと理解できるからだろうか。
そういえば『ガンダムビルドファイターズ』では幸せなカロッゾ一家の姿が見られるらしい。家族と一緒にラフレシアのプラモデルをつくってる場面があるんだそうな。わざわざ鉄仮面をかぶる事などせずとも平和な世の中ならそんな未来もあったのだろうか。
考えてみれば戦争やらなければマイッツァーとの関係もわりかし理想的な義父と義息子の関係だし、変なところが器用で変なところが不器用みたいな感じの人なんだろう。
私としては、明らかにサイボーグというか異質に描かれているのにところどころ人間臭い彼の描写が大好きなのである。
【鉄仮面カロッゾ・ロナの名言集】
「この声に覚えはあろう…。私だ、カロッゾだ」
↑久しぶりに再会したセシリー=ベラに対して。この時セシリーは話もせずに退室しようとするが、鉄仮面はそれを逃がそうとしなかった。彼はやはり、マスクをとって娘と向き合う事は出来なかったが。
「私がこんな物を被らざるを得なくなったのもお前のおかげだったと知っていればそんな事は言えぬはずだ」
↑ 妻・ナディアから「セシリーを渡すわけにはいかない」と言われたため、こう返した。ナディアは「加害者が被害者ぶるな」と反論するが、一度は娘を捨てたナディアも被害者面した加害者と言える。これがナディアがダメ女だと言われ、一部視聴者から反感を持たれる最大の理由だろう。
「人が旧来の感情の動物では、地球圏そのものを食い尽くすところまで来ているのだ。何故それが分からん!」
「…私も感情を持つ人間だ。素顔であれば今お前を殴り殺していたかもしれん。それを抑えるためのマスクなのだ。人類はかほどに情念を押さえねばならない時代なのだよ」
↑ ナディアに対してまるでシャアみたいな事を言うも、それを「あなたはそれを素顔で言う勇気がなかったでしょう」と一蹴されてしまう。それに対する台詞(下段)だが、本当に怒りを抑えているかのような声優さんの演技力には感動すら覚えた。
「ベラのビキナギナもいない、か。…ま、戦死ならあの老人も納得しよう」
↑ザビーネがザムスガルに接触した際、部隊にセシリーの機体がないのを見て呟いた台詞。娘に対する愛情は欠如してしまったという事か。あの老人とはマイッツァーの事だが、裏ではあの老人呼ばわりというあたり、彼との仲にも冷えた部分があるのだろう。
「少しずつでも地球をさっぱりさせんとな」
↑まるで散髪する前かのようなさっぱりっぷりの良い言い方だが、やろうとしている事は無抵抗な一般人達を大量に含むコロニーへの対人兵器大量射出である。
「誰の良心も痛めることがない、いい作戦だ。機械による無作為の粛清…!」
↑対人兵器バグが暴れ回るシーンはトラウマになったという意見や苦手とするファンも多くいる。充分、良心を痛める最悪な作戦である。
「家庭の問題だからな」
↑ザムス・ガルを攻撃したのが娘だとすぐに理解した鉄仮面。自ら巨大モビルアーマー、ラフレシアに乗り込み、親としての過激な躾を敢行しようとする。皮肉っぽい言い方がナイス。
「お前が私の近くに来たいらしいからこうしてやったが。つくづくお前は悪い子だ、大人のやることに疑いをもつのはよくないな…」
↑ テンタクラーロッドで動きを封じたビギナ・ギナをラフレシアのコックピットの目の前に引きずり寄せ、娘に言う鉄仮面。彼の風貌もあってなかなかに恐ろしいシーン。
「人類の10分の9を抹殺しろと命令されればこうもなろう!」
↑これが実際にマイッツァーに命令された事なのか、鉄仮面がそう捉えたのかは定かではない。ただ、少なくとも鉄仮面に命令できる人間は限られており、マイッツァーもやはり俗物なのではないかと私は予想している。
「私は機械ではない、任務遂行の為にエゴを強化した者だ!」
↑ 上の台詞を言い放ったところ、セシリーに「機械が喋ることか!」と言われてしまい、こう返した。
「フハハハハ…怖かろう」
↑ ゲームでもよく戦闘時の台詞としても採用されている台詞。そりゃ怖いわ。
「しかも脳波コントロールできる!」
↑ 上の発言に続けて。誰も聞いてないのに機体自慢をする。そのせいか、特に重要な台詞でもないのにネタにされやすい台詞である。
「しかも手足を使わずコントロールできるこのマシンを使う私を、ナディアと同じように見下すとは!つくづく女というものは、御しがたいな!」
↑ セシリーに拒絶されて一言。妻と娘に対する劣等感が爆発して出たであろう台詞。なお、機体自慢は上に続き2回目であり、自在に操れるラフレシアと全く自分の思い通りにならない女達の対比ともなっているようだ。
「質量を持った残像だというのか?!」
↑後に散々後付けがされていったF91の奥義。それまで余裕綽々だった鉄仮面がこれを機に追い詰められていく。
「モビルスーツのエンジンひとつくらいで!そこだ!」
「うっ…!?そこか!?」
↑うっ…!?とは書いたが実際は動き回る残像にオロオロしており、ちょっとかわいい。それにしてもモビルスーツのエンジン=核なのでその爆発をまともに喰らってるわけだが、それでも花弁ひとつ壊れるだけのラフレシアはとんでもない怪物である。
「化け物か!?」
↑誰もが思うだろう。「お前が言うな」と…。